東海旅客鉄道株式会社
東海鉄道事業本部 運輸営業部 運用課
係長
林 澄孝 氏
東海旅客鉄道株式会社
東海鉄道事業本部 運輸営業部 運用課
主任
堀江 弘基 氏
ジェイアール東海情報システム株式会社
名古屋基幹システム本部 旅客営業システム部
主任
頭川 愛 氏
日本の大動脈を担う鉄道会社が築く、「安全」最優先のUI。現場で受け入れられるデジタル移行。
Story of IDEA
東京ー名古屋ー大阪の高速大量旅客輸送を担う東海旅客鉄道株式会社(以下、JR東海)。東海道新幹線と中央新幹線、そして地域に根差した在来線運営と地域関連事業などを通して、社会基盤の発展に貢献しています。 日本の大動脈を担う鉄道会社として、さまざまなアプローチから「安全」に向き合ってきたJR東海。2018年には在来線の安全性向上を目的に運転士・指令員の業務支援を行う、タブレット型の支援システム「CAST(在来線乗務員用タブレットシステム)」を導入しました。 そして、さらなる安全性向上を目指し、2024年に「CAST」をリニューアル。JR東海、ジェイアール東海情報システム株式会社(JTIS)とともに、フェンリルは、UX/UIデザインからフロント・バックエンド開発、インフラ構築サポートまでを担当し、共にプロジェクトを支えました。 紙で運用していた時刻表やマニュアルの電子化による効率化だけではなく、GPSや通信機能を駆使することで、安全輸送を実現したCAST。安全という基盤を、デジタルによって推進するプロジェクトに向き合った日々を振り返っていただきました。

THEME 01
現場の変化
オペレーションの最適化へ。 UIを徹底したデジタル推進。
───大幅なシステム刷新となりましたが、運転士の皆さまの反応はいかがでしたか?
堀江
まずは「見やすい」というデザイン部分への反応が多かったです。

(左から)林氏 (JR東海)/堀江氏(JR東海) / 頭川氏(JTIS)
───操作方法についての研修などはどのように実施されましたか?
林
これまで紙で運用していた時刻表がデジタルに切り替わるわけですから、導入にあたっては3か月ほどかけて丁寧に訓練を重ねました。いざ、実際の乗務で使用した際に失敗はできませんので、訓練を重ねたうえで最終的には管理者の目で乗務に問題ないかを確認するという体制をとりました。
───導入に際して、世代間ギャップはございましたか?
林
ベテランからすると、導入当初は当然「慣れない」という意見もありました。例えば、秒針がないデジタル時計だと、「遅れの計算が難しい」といった声もありましたが、特に混乱もなくスムーズに受け入れていたと思います。

堀江
CASTは、運転士の基本動作である「指差し確認」を意識し、確認の際に「アプリ上に表示されたボタンを押す」という操作を組み込んだUIとしています。導入にあたり、これまでの業務の在り方を踏まえた点も、スムーズに受け入れられた理由のひとつだと思います。
───CASTは車掌の方も利用されますよね
林
先ほどの運転士と一緒で、車掌もCASTを使った業務に慣れ、使いこなしています。何事も変化には抵抗感があるものですが、CASTに関してはすでに手放せないものになっています。単に「慣れた」ということだけではなく「使い心地が良い」と好評です。

堀江
車掌にとっては、時刻を照合する機能が重宝されていると思います。これまでは腕時計と時刻表を見比べて、いつ扉を閉めてよいかなど、繰り返し確認していました。
頭川
乗客の様子を確認しながら扉を閉めるタイミングを判断するなど、瞬間的な判断が求められることが多いので、時間の計算をしなくてよいというのはかなり大きいですよね。
───導入によって生まれた業務上での変化、特に運転中に変化したことをお聞かせいただけますか
堀江
第一に、手元の手帳に視線を落とす必要がなくなったことで、より運転に集中しやすい環境になったと思います。従来は、運転中に手帳の情報を確認せざるを得ない場面もありましたが、それが不要になった点は狙い通りの変化と言えます。
林
手帳を確認する場合、視線を落とすだけではなく多少なりとも手帳に記載された情報を探す、という認知作業が発生します。CASTなら少しの目線移動で整理された情報をまとめて確認できるので全く状況が異なります。

───遅延時の対応として、GPS情報を活用し、乗務員の現在地を確認できる機能を導入しました。実際の運用はいかがでしょうか
林
しっかり機能していると思います。例えば、異常時に伴う乗務員の乗務列車の変更計画を整理する担当者は、CASTを通じて、列車番号と乗務員氏名を確認でき、乗務員へ直接電話をかけて現在地や、どの列車に乗務しているか確認することもありました。ダイヤ乱れに伴う対応を計画する上での大前提である現状を把握しやすくなったのは間違いありません。
堀江
状況が可視化されることで、遅延時の乗務員運用や業務の仕方が変わってきていると感じますね。

───指令員の方は、運転士や車掌の方々とはまた違う使い方をされると思いますが、主にどのように使われていますか?
林
指令員は、速度規制や運転見合わせなど、通常ダイヤと異なる状況になった際に、適宜、指示を運転士に伝える必要があり、当社ではこの行為を「通告」と呼んでいるのですが、CASTは「通告」の際にも活躍しています。
頭川
事態が起こった際すぐに対応できるように、あらかじめ各列車、乗務員に指示する内容を整理し、「通告」を作成しておくという使い方をされていると聞いています。

林
「通告」は指示する該当区間や速度が正しいかなど、指令として確実なチェックが必要ですので、事が起こってから作成しているとどうしても後手になり、時間がかかります。風が強い日に運転規制がかかることを予期して事前に通告を作成しておき、実際に規制が発生した際にはすぐに送る、というような運用ができるのはCASTならではです。
───CASTが導入されたことで、乗務員の方たちの職場で、何か変化はありましたか?
堀江
CASTがきっかけで、ICTやDXに興味を持ってくれた人は多いと感じています。職場内の業務課題と解決策について考える活動があるのですが、「CASTを使って何かもっと出来ることがないか」を議論する職場もでてきています。

THEME 02
完成までの道のり
課題の本質から向き合う。 UI思考のコミュニケーション。
───プロジェクトを推進するうえで、ハードルになったことはございますか?
林
ハードルとは少し違うかもしれませんが、UIについてはさまざまな議論が飛び交いました。
頭川
開発当初のUIイメージは高速道路を走る自動車のナビ画面のようでしたよね。
林
もともと技術開発を進めていたときは横向き配置想定でのデザインでした。時刻表の見え方についてはかなり議論を重ね、その過程で縦向き配置のデザインに固まっていきました。デザイン自体のコンセプトは構想当初から大きく変えてはいませんが、それをどのように見た目に落とし込むか、は関係者全員が議論を重ねたと思います。

───デザインコンセプトを具体化させていくにあたって、共につくっていくベンダーの条件はどのように考えていらっしゃいましたか?
頭川
クラウドネイティブな構成かつiPadで運用することを前提に開発することが決定していましたが、当時はその分野に関する社内の知見は十分ではなかったため、技術的な部分を補完し、開発をリードしてもらえるパートナーが必要でした。そうした条件を満たす存在として、クラウドやアプリ開発の経験が豊富なフェンリルさんと一緒に進めることになりました。
堀江
技術的な面だけではなくデザインについても要件を単に満たすだけではなく、提案力があることを条件として考えていました。その点で、RFP(提案依頼書)の資料を見た段階から他とは明らかに違っていたと前任者から聞いています。
───実際にフェンリルと開発を進める中での所感をお聞かせいただけますか
頭川
要件定義の段階で機能をきちんと整理したうえで、「それをどのような画面で実現するのか」を実際に形にして見せてくださったのが印象的でした。操作性が求められるプロダクトだからこそ、イメージしやすかったという点が何より良かったです。
頭川
プロジェクトの当初は、技術的な面で私たちの知識も十分ではなく、フェンリルさんも鉄道についてはまだ手探りの状態だったので、細かな部分まで決め切れなかった点は反省点としてあります。そうした中でも、こちらの要望やフィードバックに対する反応がとても早かったのはありがたかったです。
───どのようにやりとりをされていたのでしょうか
頭川
当初は「これが正解」というのも分からない中で進めていた部分もあり、考慮漏れが出てしまうことがありました。実際に画面を見てみると「イメージと少し違うな」と感じる場面もありましたが、そうした状況でも「すぐに直します」と迅速に対応していただきました。PLさんやエンジニアさんとも密なコミュニケーションを取りながら、スピード感をもって進めることができたと思います。
───フェンリルのメンバーに向けて、丁寧な資料の共有や勉強会実施などをいただいて、真摯に向き合ってくださる文化を体感していました
頭川
鉄道知識や業務知識を補えるように、まずは自分たちで理解を深めてからフェンリルさんにお伝えするというのは意識していました。

フェンリルで実施した「デザイン検討」の様子
林
業務効率化を進めるとなると、どうしてもシステム化そのものに注力しがちですが、そもそも業務整理が重要だと考えています。フェンリルさんが当初、弊社の業務理解に苦労されていたという点は、そのままこちらの課題でもあるんですよね。なので、業務整理を徹底して、こちらから提供する資料は結果として分かりやすいものになるよう、メンバーに繰り返し伝えていました。
───エンハンスの際に議論が白熱したようなことはございましたか?
林
担当ディレクターの方がデザインに信念を持って取り組んでくださっているので、こちらも真剣に向き合う中で、自然と議論が深まっていきました。「こういうことがしたい」という要望に対しても、そのまま言われた通りのものを仕上げるのではなくて、きちんと意図を汲み取った提案をしてくださる点に信頼を感じています。右から左に流すということは絶対ないですよね。

フェンリルのPM/ディレクターとのコミュニケーション
堀江
例えば「こういうミスが想定されるからこのような機能を検討したい」といった要望に対して、フェンリルの皆さんは「アプリをどう変えるか」という視点ではなく、「ミスが発生する要因は何か?」という視点から提案してくれます。アプリ目線ではなく、一緒に安全を守ろうとしてくれる姿勢を常に感じていました。
頭川
「このボタンをこうしたい」という要望に対して、ボタンそのものではなく、「なぜそうする必要があるのか」ということから考えてくれていましたよね。「ユーザーから見てどうなのか」という観点の意見をくださることもありがたかったです。

THEME 03
今後の展望
変わらず守り進化する。 「安全」を届け続ける使命。
───今後もアップデートを重ねていくプロジェクトにおいて、フェンリルがより深いパートナーシップに進化するために、どのような要素が必要でしょうか?
頭川
CASTをリリースしてから、社内だけではなく社外の方からもさまざまなご質問をいただくようになりました。他の鉄道会社の運用課題を知る機会はこれまであまりなかったので、CASTが鉄道業界へさらに展開していくことで、あらためて見えてくることもあるのではないかと考えています。フェンリルさんと協業しながら、そうした他社のフィードバックをCASTのアップデートに生かしていける関係性を築いていきたいですね。
林
各鉄道会社にはそれぞれ特色がありますが、もしCASTが鉄道業界全体に対して良い方向の流れを作る一助になったら嬉しいですね。

堀江
良いUIが乗務員のパフォーマンスにつながることは、CASTの開発を通じて感じてきたことから、「UIは絶対に大切にするべき」という考え方が、自然と私の所属するチーム内に根付きはじめました。CASTに限らずシステムのUIを思案する時には「フェンリルさんにお願いしたら、どんなデザインが出てくるのだろうか」とつい考えてしまうことがあることからも、引き続きフェンリルさんにはUI、デザイン分野で期待している点は多々ありますね。
───CASTをさらに発展させていくために考えていることがあればお聞かせください
林
CASTには位置情報や時刻表など、さまざまな情報がデータの形でつまっていてデータ抽出できるシステム構成になっています。ですので、こういったデータの活利用も今後、拡大性があると感じています。例えばAI導入を進める場合にも大いに役に立ってくれると思っています。データが分かりやすく抽出しやすいというのも、あらゆる可能性が広がるプロダクトです。

堀江
CASTは、情報を効果的なタイミングで表示することや認知性に配慮したレイアウトで表示することが得意ですが、それに加えて、タブレット端末上のアプリソフトであることを活かし、UIをよりインタラクティブな形にすることで、情報確認の際の認知性を更に高めることができるのではないかとも考えており、まだまだCASTには可能性を感じています。
───最後に、CASTの開発を通じて、利用客や社会に対してどのような価値を届けていくか、お考えをお聞かせいただけますか
頭川
一般的なアプリと違い、CASTは列車の速度制限を表示するなど、安全に関わる情報を表示するアプリです。運転士はその表示情報を基に列車を運転しますので、絶対的な正確性が求められます。ユースケースやシステム挙動のあらゆるパターンを洗い出し、抜け漏れがないようシステム要件を徹底して整理することが使命だと思っています。
堀江
私自身、現職に就く前には乗務員や指令を経験してきたこともあり、CASTを通じて、日々の安全を支えている乗務員や指令員を陰ながら支援したいと思っていますし、その鉄道輸送の最前線で働く社員を通じて、当社をご利用されるお客様に安全が届けられていると思っています。仕様の詳細を詰めていく先に、CASTを使う乗務員や指令の姿を浮かべ、更にその先にお客様の存在があることを必ず意識して開発に臨んでいます。

林
時代が変化し技術革新が進んだとしても鉄道事業者として最優先に取り組むべきことは、安全の確保です。そして、日々の安全を継続することで当社への信頼が得られ、鉄道を利用されるお客様へ安全と安心を提供することができると考えています。その実現に向けた取り組みの一つとしてCASTがあると認識しています。開発に携わるものとして、CASTを通じて日々の在来線輸送がより安全に運行されるよう、より良いシステムを引き続き模索していきたいと思います。


「いつもの動作」をシステムに組み込む—— 徹底した現場観察から生まれたさらなる安全
プロジェクト概要
JR東海の在来線乗務員が利用するタブレットシステム「CAST」。2018年に導入された旧システムが老朽取替の時期を迎えるにあたり、さらなる安全性の向上と輸送障害への迅速な対応、業務効率化を目指したリニューアルプロジェクトです。 フェンリルはアプリのUX/UIデザイン、フロントエンド・バックエンド開発を担当。これまで紙で運用されていた「列車運転時刻表」を完全デジタル化しました。そして、利用対象を車掌にも拡大するという大きなミッションに対し、徹底したユーザー中心の設計と、膨大なデータを安定して処理するシステムを構築。乗務員の負担軽減と安全性の両立を実現しました。
現場のリアルを知る、徹底したユーザー調査
運転士の業務は非常に専門性が高く、一般の目には触れない独自のルールやフローが存在します。そのため、フェンリルはまず現場を訪れて「業務の深い理解」から着手しました。
運転業務を観察し、運転士がどのような環境でどのような情報を必要としているのかを細かく分析。そこから得られたインサイトをもとに入念なユーザーテストと修正を重ねました。実際の使い心地との乖離をなくすため、通常は実施しないこともあるプロトタイプテストを、CASTでは2度実施しています。1度目は要件定義で定めた内容とのズレがないかを確認し、2度目は実際にバックエンドと通信する形での仕様確認です。
テストを通じて、運転席の端末設置場所から見えやすい情報の配置、操作しやすい画面レイアウトをしました。そして手袋を着用したままでも確実に反応する広いタップ領域の確保などの具体的な課題を抽出。現場でのリアルな動作、業務の流れを知ることで、操作性の向上に直結させています。
「いつもの動作」に溶け込み、学習コストを下げるデザイン
今回のリニューアルにおける最大のハードルの1つが、紙の時刻表からデジタルへの「スムーズな業務移行」でした。新しいシステムを導入することで、かえって乗務員の学習コストや負担が増えては意味がありません。
そこで私たちが着目したのが、駅に停車後、時刻表を指差して時刻を確認するといった「いつもの動作」です。紙の時刻表を前提に最適化されていた行動フローを分析し、その動作の延長線上に「アプリのボタンを押す」というステップを自然に組み込みました。これにより、乗務員に新たな動作を求めることなく、必要な情報が状況に応じて次々に切り替わる、双方向のインターフェースを実現しました。

また、瞬時の正確な判断が求められる現場において、色やアイコンが持つ意味は重大です。CASTでは、「注意」を示す黄色・赤色を使う箇所は厳密にルール化。また、アイコンの大きさなど重要度の強弱に気をつけるなど、細部に至るまで意味を持たせて情報設計しました。紙の時刻表の構成や標識のルールを徹底的に理解し、指差し確認など既存の動作を一切阻害しないデザインへと昇華させています。
膨大なデータをコントロールする「三位一体」のシステム構築
運転士が運転台で接する情報は、時刻表、路線図、駅や信号の設備情報、GPSによる位置情報、そして指令員からのリアルタイムの指示など、多岐にわたります。これらを1つのタブレット画面に、タイムリーかつ正確に表示しなければなりません。
フェンリルは、この膨大なデータをコード内で適切に保持・更新・永続化するモデルを綿密に設計。さらに、そのアプリケーションの心臓部を支えるバックエンドとして、クラウドを活用したインフラを構築しました。
通信環境が必ずしも安定しないネットワーク越しのやり取りにおいても、適切な挙動をとれるよう設計し、システム全体の整合性と安定稼働を実現しています。
デザイン、アプリケーション、インフラが三位一体となって連携することで、命を預かる鉄道インフラにふさわしい品質が担保されています。
安全第一のインフラを共に支える、垣根を越えたパートナーシップ
CASTのリニューアルにより、時刻表の変更や担当列車が変更になった際の時刻表の差し替え作業が不要になりました。乗務手帳に変更内容を転記するなどの手作業が発生しないため、輸送障害時の急な変更にも迅速に対応できます。また、最新の運行情報や、天候による制限速度の変更などがCAST上で一元的に把握可能に。これにより運転士は、より余裕を持った安全な運転操縦に集中できるようになりました。
フェンリルは単なる開発ベンダーという枠を超え、JR東海の「安定輸送」という使命を共有するパートナーとしてプロジェクトに参画しました 。現場での動作確認を繰り返し、開発初期からデバッグ機能を組み込むなど、JR東海、JTIS、フェンリルの3社が「一つの組織」のように結束して品質向上に取り組む体制を築いています。
「作る」ことにとどまらず、互いの専門性を持ち寄り、現場のリアルに寄り添いながら共に歩む。このプロジェクトの成果は、組織の垣根を越えて深い信頼関係を築き上げた、共創の形そのものです。








